サステナブル経営の意義

1 サステナブル社会構築と自動車産業

 近年、株式投資家は、カーボン・ニュートラルなど国際社会の要請に起因する産業構造の地殻変動を目の当たりにしている。まず、サステナブルな社会を構築する流れを確認しよう。

 各地域における脱炭素の動きが顕著であることはよく知られている。欧州ではグリーンニューディール(足達(2019))、米国ではバイデン政権下のパリ協定復帰(日本経済新聞(2021))や公的資金投資による特定産業の強化(有馬(2021))が報じられている。日本においては、菅政権の環境政策(経産省(2020))の一方、コーポレートガバナンス・コードで「サステナビリティ」と取締役会の独立性重視(第9回有識者会議(金融庁(2021)))が注目される。中国でも、グリーン政策による2060ネットニュートラル宣言(田村、劉、金、有野(2020))があり、日本の製造業の需要地における政策変化が顕著となっている。

 特に、自動車業界は、IoT化(Connected)、自動運転(Autonomous)、共有化(Shared)、電動化(Electric)(CASE)を通じて、100年に一度と言われる構造転換と経営変革が求められている。これは自動車業界における事業前提の変化である。例えば、すでに米国、中国、欧州などで軒並みガソリン車禁止の方向であることが報じられている(日本経済新聞2020年11月18日、12月3日)。化石燃料削減、自動車への規制、バリューチェーン変化は必至である。実際に、「トヨタ、部品会社に21年排出3%減要請」(日本経済新聞2021年6月2日)との報道に続き、「2040年にはEVとFCEV」100%を目標とするホンダが、「真岡の部品工場(ガソリンエンジン関連工場)を2025年中に閉鎖すると発表した(CRT栃木放送2021年6月4日)。これまでガソリンエンジンを基本として作られたバリューチェーンは、サステナブルな社会を作るとの社会・政策の要請を背景に、一気に変革の波に洗われる恐れがある。このほかにも、株式投資家の株式会社への要請(加藤(2021))が報告されている。

2 サステナブル経営の位置付け

 サステナブルな社会を作るとの社会・政策の要請と、日本企業が総じて利益率が低いとの指摘(いわゆる伊藤レポート、経済産業省(2014))と改善の社会的要請は、一見矛盾するように見える。これら二つの目的を同時に追求する経営がサステナブル経営である。一見矛盾する二つの課題は、実はサステナブル経営において相互に好影響を与えることが期待される。

 本項において、サステナブル経営とは「株主(企業のオーナー)を始めとするステークホルダーに価値を提供しながら持続可能な社会への貢献を目指す経営」と定義する。株主を始めとする、という記述により、まず企業が持続可能であるために、事業リスクに応じて適切な程度に売上や利益が生み出されることを期待されることがわかる。

 しかし長期的な企業の事業の維持可能性は、所属する社会の持続的な成長に依存する。社会の持続性のためのニーズを満たす財やサービスの提供先を顧客とすることが、企業にとって不可欠の戦略となるはずだ。また主要なステークホルダーである従業員や取引先が、健康・人権などについて良い状況にあり、家族・友人や他の経済主体とも適切に関係を持っていることも、企業の持続性のために必要である。それゆえサステナブル経営は、社会課題や環境問題、それらに関わる政策の方向性など、その時代や地域へのアンテナをたて、自身の描く未来からバックキャスティングして自らの事業領域(ドメイン)を不断に再構築するプロセスをたどるはずだ。

 株主は、ステークホルダーに価値を提供しながら持続可能な社会への貢献を目指す経営の実現のために、企業のパーパス(存在意義、経営方針)へのコミットメントとガバナンスの実質性に期待する。具体的には、(1)事業活動における持続的なキャッシュフロー創出能力のための経営戦略、事業ポートフォリオ/事業戦略、資本コストを意識したコーポレートファイナンス、(2)ステークホルダーへの価値の提供のための魅力的な職場、サプライチェーンの持続性への配慮、革新的なサービスや商品の提供、(3)持続的な社会への貢献としての自然環境との調和、社会規範・法律の順守などを、株主がサステナビリティ・ガバナンスの観点として企業に期待する。

サステナブル経営のインプットは環境問題・社会課題などであり、SDGsに代表される国際社会から加盟国を通じての企業への要請であり、プロセスは各企業の経営資源(各種資本)・得意分野などを自身の描く未来に投影して、未来の収益基盤を見据えた事業領域の再構築をすることとなろう。そしてアウトプットは、ステークホルダーへの価値を提供(従業員の魅力的な職場、サプライチェーンの持続性配慮、革新的なサービスや商品の売上成長)、結果としての事業活動の成功による持続的なキャッシュフローの創出とその期待の継続、その成果(アウトカム)として自然や社会の持続性との調和に貢献することを含む。

図1(下・参照)

 一方で、サステナブル経営を定義するのではなく、経営戦略にサステナビリティ思考を取り込む提案もある。北川・佐藤・松田・加藤(2019)で加藤(第9章)は、まずサステナビリティを「企業経営全般にとっての持続可能性」と絞りこんだ上で、SASB(Sustainability Accounting Standards Board(サステナビリティ会計基準審議会))アプローチの経営戦略策定と実行における応用可能性を考察している。日本のビジネス現場で経営戦略の策定と実行がしばしば困難に陥ることを背景に、SASBが、「長期にわたって価値を創造する能力に影響を与える財務的・非財務的な資本を巧みに管理することによって、企業業績を向上させる「持続可能なビジネス戦略」を創造する」としている点を、SASBに従う開示と「真っ当な投資家との高質な対話」を含め、経営戦略に当てはめることを提案する。そのプロセスは、①適切な経営指標を識別する、②集まったデータから知識を発展させる、③その発見(findings)に基づき戦略を巧みに作り上げる(craft)、からなる。

 さらに、上述の加藤は「SASBアプローチを活用することによって、経営戦略の策定段階において、資本市場のプロフェッショナルが業種・事業のポイントだと考えるトピックス、経営指標を踏まえた経営戦略を策定できる可能性がある」「外部の知見を戦略策定に活用しない手はない」「真っ当な投資家との高質な対話だけが経営戦略の策定に寄与すると考えられる」と述べる。つまり、それまでの経営戦略のPDCAサイクルのチェック(C)と分析(A)に投資家との対話の成果を取り込み(インプット)、戦略の次のフェーズの策定(P)に活かすことがSASBアプローチを活用する経営戦略で重要である。

3 企業価値とサステナブル経営

 改めて、本稿で扱う上場企業、具体的に自動車業界の企業群は、インパクト優先の市場並の財務リターンを期待された企業ではない。従来型の上場企業が長期思考経営を取り入れサステナブル経営の意思決定(図表1−1)フローを通じて、革新的なサービスや商品により顕著な成長や事業の持続性を追求すると同時に、自然や社会への持続性にも貢献するものと想定する。インパクトを優先して設立された企業とは異なる。


(下・参照)


 本稿で、企業価値とは、財務的価値、非財務的価値(非財務即ち人的資本、知的資本、関係資本の増強と自然資本への対応)とその時代や地域の目指す方向性に沿った経営)への期待の和、と位置付ける。サステナブル経営の価値を経済・社会・環境への価値と見ることも多いが、本稿では、社会や環境への配慮が売上増やリスク低減を通じて企業自身の持続可能性、即ち企業価値と株主価値の持続的増大を目指す経営がサステナブル経営であると考える。

 先に述べた背景からサステナブル経営が求められる中で、ROE等の既存事業の現状の(ノーマル状態での)利益とオーガニックな成長を適切な事業リスクで評価した「経済的・財務的価値」に対して、(完全市場想定での)PBR、PERの付加的プレミアムにより形成される株式時価総額の拡張は、いわゆる「非財務価値」によるものと想定される。この非財務価値には、現在の知的資産、人材や組織力などの財務指標に現れない無形資産と、今は見えていない新規事業の生み出す将来のキャッシュフロー創出能力等が含まれるが、昨今のESG投資等の視点が重視されることにより、サステナブル経営の評価も加味されることが推定される。即ち、現時点での社会や地域の目指す方向性に沿った経営の評価と期待が、将来成長率予想の上昇あるいはリスク・プレミアムの低下を通じて、株式価値として増大する可能性を意味する。

 そこで、企業価値を知ろうとする真っ当な株式投資家は、サステナブル経営の実践として既存事業の打破を行う経営改革を行う企業に注目するため、組織的価値の向上として6つの資本(財務資本、製造資本、人的資本、知的資本、関係資本、自然資本)の活用(国際統合報告評議会(IIRC) (2013))に注目する。財務資本、製造資本以外は伝統的な会計・開示や財務分析では「非財務」に分類される。既存事業の低利益率向上と社会課題の解決への事業領域改革とが、一見矛盾する方向に見えて、相互に好影響を与えることを示していこうとしている。

参考文献は省略しています。詳細必要であれば contact@eminentgroup.ltd までご連絡ください。

企業価値のイメージ

図2

サステナブル経営のプロセス

図1